Yukio's Dairy Part2 (仮題)
2001.1〜2002.9

Part1 Part2

9月17日 今年から始めた尚美での公開演奏法講座の3回目。前々回のエチュード、前回のバッハに引き続き、今日はベートーヴェン・ソナタを取り上げた。バッハがクラッシックの調性音楽の原点であるとすれば、ベートーヴェンはピアノ音楽の原点と言ってもいいだろう。ベートーヴェンの生きていたまさにその頃、ピアノという楽器は飛躍的に発展を遂げたわけで、ピアノという楽器がなければ、ベートーヴェンの作曲家としての存在も大きく変わっていただろうし、ベートーヴェンのピアノに対する飽くなき要求がピアノの発展を促したとも言えるだろう。コンクールなどでも学生の演奏を聴く機会があるが、プロコフィエフやスクリャービン、バルトークなどはそこそこに上手く弾くのに、バッハやベートーヴェンになると途端に稚拙な演奏になってしまうことを多く感じる。後の音楽に比べれば、バッハやベートーヴェンのような古典の作品というのは、全てのアーティキュレーションやフレーズ、ハーモニーというものを適切に判断しなければ曲にならないので、もっとずっと多くの音符を費やしている後の作曲家の方が、とりあえず音符を並べれば曲らしく聴こえさせることが簡単なのであろう。
9月14、15、16日
例年通り福岡で毎日学生音楽コンクールの審査をする。初日は高校生だったが地方高校生のレベルは年々高くなってきていると感じる。全体を通しての印象は、音楽を感じるとか楽しむよりも、お勉強としてどれだけ努力をしたかという結果の演奏が多いような気がする。ごく一部の生まれつきピアノが弾けてしまうような人達を除けば良い成績をとる人の多くは、きっと相当な長時間をピアノの先生と過ごしたのであろうと感じさせられた。いくら学生であるとはいえ、もっと本人自身の言葉で語れるような音楽にならないものだろうか。朝から6,7時間の審査というのは、数あるコンクールの中ではそれほど大変な分野には入らないのであろうが、次から次へといろいろな演奏を聴き的確な判断をするというのは、それはそれで困難な作業でもある。午前中の初めの方の人と夕方の人と同じ感覚で聴くのは非常に難しいことである。審査の基準もその人の才能を中心にみるのか、努力の度合いをみるのか、完成度をみるのか、その日の調子をみるのか、いずれにしてもなかなか大変だ。来月は本選でまた行くけれど、この中から将来日本の音楽界を担ってゆけるく人が出てくることを期待しよう。
8月23日 夏休み中唯一の演奏会はサントリーホールで秋山和慶さん指揮、東京交響楽団とラフマニノフのパガニーニ・ラプソディを演奏。通常夏休みは前半パリに行ったりして休養し、後半は先のシーズンのための準備にあてるのだが、今年は来年1月にサントリーホールでのオリジナル曲のみによる演奏会のための作曲がなかなかはかどらず、大変な夏。ピアノの練習であれば時間をある程度かければそれなりの成果が得られるのであるが、作曲は何日かけたところで出てこないときは何一つ浮かばず、何も取りかかれないのでなかなか大変である。この時点でとりあえずヴァイオリンの矢部君と演奏するための作品に取りかかったのだが、やっと方向性だけは何となく見えてきたのでホッとした。さて、ここからスムーズに仕上がるだろうか?
1月
今年初めての演奏会は、たぶん僕の演奏活動の中で最も多く弾いてるであろうショパンのピアノコンチェルト1番での幕開けとなった。12月20日過ぎに仕事納めをしてしまったので、それから約3週間の間じっくりとこの曲をリフレッシュしてみた。ふだん頻繁に演奏している曲はわりとその流れで弾くことが多いのだが、もう一度一から楽譜を見直し練習し直したつもりだ。長いこと同じ曲を弾いているとだんだんテンポが崩れてきたりしがちなので、そういうところもしっかりとチェックしたつもりだ。そうして札幌での本番の前日のリハーサルに臨んだのだが、以前からの積み重ねの出来たこの曲の演奏と、新たに勉強した今回の感覚とが体の中でまるでケンカをしているようだった。でもオーケストラとのリハーサルの後も短時間ではあったが本番のためのリフレッシュをしたので、結果としてそれなりに満足の出来る演奏会となったと思う。指揮のビエロフラーヴェク氏とは日本フィルでベートーヴェンのエンペラーを共演したり、N響で同じショパンのコンチェルトを弾いたことがあるのだが、その2回の時の印象と比べても今回のオケは彼自身が深く関わるプラハ・フィルとい・u「?w)こともあって非常に雰囲気がいいので、気持ちよくツアーをすることが出来た。単発の演奏会ではどうしてもそれだけで終わってしまうことが多いが、今回4箇所のツアーを通してオーケストラとのアンサンブルもより緊密になれたと思う。プラハ・フィルとは初共演だったが、人数を絞り室内オーケストラとフルオーケストラとの中間ぐらいの編成であったためショパンのこの曲との相性も良く、今までの中でも一番アンサンブルとして感じられる演奏会になったと思う。首都圏では武蔵野市民文化会館と横浜みなとみらいホールの2カ所で弾いたが、みなとみらいの方がホールの響きも多く楽器の状態も良かったので、僕としてはその分気持ちよく演奏できたのだが、聴いている方の印象としては響きが少ない武蔵野の演奏会での方がこちらのやりたいことがよりきちんと伝わっていたという声も多く聞かれた。演奏している側と聴き手側では同じ感想を持つというのはなかなか難しいのだろう。ともかく今年最初の演奏会ツアーをさい先のいいスタートで始められたことは何よりも嬉しい。
12月14日 レコーディングが終わり東京に帰るともう翌日にはヴァイオリンの矢部君とリハーサルをし、それからすぐに彼との演奏会のためツアーに出かけた。その3回の演奏会ツアーが終わって休む間もなくプロコフィエフ3番のコンチェルトの演奏会が待ち受けていた。この曲はかつて仙台フィルの定期で風邪をひいてしまい熱に浮かされながら譜読みをしたり、新星日響とヨーロッパツアーで演奏したり、日本フィルの定期で4日前に急遽頼まれネーメ・ヤルヴィ指揮のもと代演をしたこともある思い出の作品。(ちなみにこの時のヤルヴィ氏との相性が良かったのでその後のグリーグのコンチェルトの録音に発展した)思い出深いとはいえ、久しぶりに弾くことになるので気にはしていたのだが、その直前のブラームスや録音、室内楽の演奏会が立て続けにあり、僕の頭の中は相当なパニック状態だった。また、東京文化会館大ホールは僕にとって初めての場所でそういった緊張もかなりあった。今回の指揮のコミッショーナ氏はその年齢からは想像できないような溌剌とした棒さばきでコンチェルトを振ってくれた。しかしなんと言っても東京都響ではピアノのすぐ後ろでコンサートマスターの矢・uヌ堯w)君が弾いていてくれるのが心強い。前述のデュオのツアーの最中もリハーサルの時間に彼と打ち合わせもできたので、忙しく緊張の連続だったがそれが何よりも心強かった。
12月4〜7日
久しぶりのレコーディング・セッションを行う。前作はベートーヴェン12会だが、これはライブ録音だったので演奏会というイメージが非常に強く、録音セッションでのCDは一昨年の「シェール・ショパン」以来のことになる。今回は全て自作曲のアルバムのための録音だ。4月のデビュー10周年記念リサイタルの後半で当日発表でいきなり弾いたので驚かれた方もいらしたと思うが、あの時の作品に手を加え、さらに2つ作品を新たに書いたので、約60分ほどのCDとなりそうだ。録音ではいつもの如くピアノの手入れに入念に時間をかけるが、今回もいつもにも増してそこに重点を置くことになった。浜松アクトシティホールでは以前に弾いたことがあるのだが、今回の楽器はそれとは違うので録音で初めて弾くことになる。僕が到着する前日から丸一日かけて調律の神様鶴田氏が手を入れて待っていてくれたので、到着して早速ピアノを弾いてみるも音が硬い上にこもっていて気に入らない。演奏会であればこの状態で演奏するしかないが、録音ではじっくりと時間がかけられる。結局調律に丸々二日と三日目の夕方までを使ってしまった。ピアノがやっと気に入る状態に・u「福w)り、いざマイクを立てて録音を開始したが、今回は出来上がったばかりの作品もあったり、録音をしながらいろいろとイメージに変化が出てきてしまったりとスリリングなセッションとなった。通常であればレコーディングが終わって3、4ヶ月もすれば発売となるが、今回はこういう特殊な企画なので発売はもう少し先のことになりそうだ。今年一年の総まとめ的なレコーディング・セッションとなった。
11月17日
オールブラームスによる初めての演奏会。厳密にはデビュー5周年の時にブラームスのコンチェルト2曲という演奏会をしたことはあるのだが、ピアノソロの作品は今までそんなにたくさんは弾いてきてはいない。学生時代にパガニーニ練習曲で苦労したこともあるが、後期の作品117、118といった作品は好きでずいぶん弾いていたりもした。今回ブラームスを集中的に弾いていろいろと感じたことがあるので書いてみよう。ピアノソナタ第1番はブラームスが「作品1」として自信を持って発表した作品だが、実際の演奏会で取り上げられることは極めて少ない。今回の僕の演奏を聴いてくださり「こんな素晴らしい作品があったのか」という感想をたくさん頂いたことはとても嬉しい反響だが、この曲がふだんあまり弾かれない理由が自分で練習してみてわかったような気がする。それは音楽自体はとても素晴らしいが、あまりピアノという楽器らしい、という表現ではないのだ。少なくとも僕の手には、指に馴染むという点でリストやショパンに比べるとはるかに弾きづらい。しかし何度も弾き重ねることによって徐々に指も慣れて、やっとそこでこの曲自体の素晴らしさを表せるよ・u「?w)になってきたと感じた。ごく初期のブラームスの作品はわりとそういう傾向にある気がする。ブラームスというと室内楽の分野やコンチェルトに素晴らしい傑作が残っているが、その原点としてこういう作品があるように思えた。この日はこれ以外にも同じく若い頃の作品であるスケルツォや、最晩年の作品117の間奏曲、そしてたぶん世の中のピアノ作品の中でも最も演奏至難な部類に入るであろうパガニーニ練習曲ととてもハードな演奏会となった。また、与野の埼玉芸術劇場はベートーヴェン12会以来で、久々にホールの素晴らしい音響に懐かしさも覚えた。都心からほんの少し離れてはいるけれども、これから年1回のペースでブラームスのシリーズをやっていくので、より多くの人と一緒にブラームスを感じてゆけたらと思う。
6月24日(日) 本業のピアノは前日で終わったが、合唱団のメンバーとしてサントリーホールの舞台に立った。オーケストラは東京フィル、そしてその後ろで歌うのだが、指揮者とそういう距離感でステージに立ったことがないので、そういう意味でも面白い経験となった。オーケストラの後ろの、ピアノからほど遠い位置で演奏する時のタイミングの取り方や気持ちがわかるような気がする。演奏会自体は少しコミカルに仕立てたもので、ひとりだったらできないだろうが、大勢だったので楽しんで参加しているうちにあっという間に終わってしまった。
6月23日(土) 横須賀でオール・リストのリサイタル。三鷹とはプログラムが違うので多少手間取った。どれも盛り上がりがありその曲ひとつで完結してしまうので、そういうメイン・ディッシュ的な曲ばかり場合はプログラム構成上もとても難しい。しかし、個人的には夏前最後の演奏会ということもあって、気分は上々。
6月22日(金) 和歌山の御坊で矢部くんとデュオ・リサイタル。ここ御坊にはかつてソロのリサイタルで来たことがあるが、その時聴きにいらしてくれた人達に、再会できたことはとても嬉しい体験だ。そんな嬉しさも束の間、僕も矢部くんも明日の仕事のため、真夜中に車を走らせ移動し、早朝帰京の予定だ。
6月21日(木) 矢部くんと翌日の合わせをしたあと、久々に六本木男声合唱団のリハーサルに参加。なんとサントリーホールでナタリー・ショケットというソプラノ歌手と一緒にコンサートをするためのリハーサルである。
6月16日(土) 後援会主催で公開レッスン。8時間にわたるレッスンでかなり疲れたが、皆と一緒に音楽のことを考えるのは楽しい時間でもある。
6月15日(金) カワイの主催で福島市音楽堂でリサイタル。音楽専門ホールが出来始めの頃に演奏会をしたと記憶しているが、ここの音楽堂では初めてのリサイタル。翌日も朝から予定が入っており、終演後は慌てて帰京。
6月13日(水) BSフジで放映の「おいしい時間」の収録。俳優の西村雅彦さんと辰巳琢郎さんとともに出演。1時間半以上にわたるカフェの中にいることを設定したトーク番組で、音楽番組にありがちな堅さがなくて楽しめた。
6月9日(土) 紀尾井ホールでオール・ブラームスの室内楽の演奏会。ピアノの若林さんとデュオでハイドン・バリエーションを弾いたあと、ピアノ・クインテットを演奏。
6月3日(日) 東京芸術劇場でラフマニノフのコンチェルト2番を演奏。指揮の飯森さんと東京交響楽団との相性は良いらしく、棒に敏感な反応をオケが見せる。演奏会終了後は飯森さんとやはり指揮者の藤岡さんとともに食事をして楽しいひとときを過ごす。
5月29日(火) NHKの番組のためショパンの革命のエチュード、リストの泉のほとりで、バッハ=ブゾーニ編シャコンヌ、そしてアヴェ・マリアを収録。あまり部屋が響かないことや、楽器が最近野外で使用されたせいかかなりの湿気にさらされており、演奏しやすい状態とは言い難かったが、実力で乗り切れたか!?(放映でチェックしてください)収録後、福岡へ移動し、友人達とワイン会!
5月26日(土) 秋川キララホールで矢部くんとデュオ。演奏会シーズン真っ盛りで矢部くんも僕も体力的にはバテ気味であったが、彼との演奏会はいつも充実感を持って終わることができる。
5月23日(水) ex-wineのオープニングパーティーに参加。趣味?のワインのおかげで、音楽業界のみならず、飲食関係でもいろいろな人と知り合いになれたのが嬉しい。
5月20日(日) ベートーヴェンの4番のコンチェルトをパルテノン多摩でジャパンチェンバーと共演。リハーサルの時からクオリティーが高かったが、さらに何回か練習を繰り返したこともあり、余裕を持って本番に臨むことができた(通常はリハーサル一回のゲネプロ一回がほとんどだ)。この演奏会の反響の大きさから、もしかすると録音をすることになるかもしれない。
5月19日(土) 生まれ故郷の三鷹市の芸術文化センターでオール・リストプログラム。僕が小学校3年まで過ごした家のごく近くに新しくできたホールで、今まで何度か話はあったものの、初めて演奏することになった。20年以上も前のことで変わってしまった部分もあったが、いずれにしても懐かしい。演奏会の方は、珍しくニューヨーク・スタンウェイが入っていて豪快な鳴りっぷりが楽しめたのではないかと思う。
5月16日(水) NHKの名曲アルバム用に東フィルとグリーグピアノ協奏曲第1楽章を収録。番組枠にはいるように一部省略したりと苦労したが、個人的にはフェードアウトになっても最初からきちんと弾いた方がいいのではないかとも感じた。その後、パルテノン多摩に移動し、ジャパンチェンバーオーケストラと初共演の合わせをした。事前にヴァイオリンの矢部くんと入念な打ち合わせをしていた効果もあり、また矢部くんを中心にオーケストラが完全にひとつの方向に向かっているせいもあり、この日の初練習からびっくりするほどクォリティーの高い演奏となった。チェンバー・オケなので全員の音が全員に聞こえる。これはある意味、コンチェルトの理想ともいえるだろう。
5月13日(日) ヤマハの銀座店。子供の頃から親しんだお店が一部改装になり、そのオープニング記念でサロンコンサート。このような機会をきっかけにお客様との距離が縮まることはとてもいいことだと思う。
5月12日(土) 上野学園で第一回目の演奏法講座を行う。本年度は講義開始の時間を1時間遅くしてもらい10時からになったのでずいぶん楽になった。前年までと違い、今年は生徒一人一人に断片だけでも演奏してもらうことにした。そうではないと一方的に喋り続けることになるからだ。今回はバッハのインヴェンションを取り上げ、いろいろな話をしたが、徐々に学生達とやり取りができるとより面白いと思う。
5月10日(木) 群馬県高崎市で群馬交響楽団とラフマニノフのパガニーニ・ラプソディーを演奏。この曲の本番は一昨年の暮れに、2番と3番のコンチェルトとこのパガニーニ・ラプソディーを一度に演奏して以来になる。ちなみに6月には2番、7月には3番と、ラフマニノフのコンチェルトのスケジュールが立て続けに入っている。指揮のトルノフスキー氏と息の合った演奏ができたと思う。
5月7日(月) 東京駅に朝戻ってきた。ゴールデンウィークで仲間達の休みを利用させていただいてワインの整理をしたり、テニスをしたり、海へ出たりと、僕もつかの間の黄金週間。
5月2日(水) 盛岡に移動。本番。
5月1日(火) 仙台でコンチェルト。仙台フィルとは演奏活動の初期の頃にプロコフィエフの3番のコンチェルトとを風邪で寝込みながら準備して演奏したという思い出もある。
4月30日(月) リハーサルのために仙台へ行く。プログラムは、ベートヴェンの「皇帝」。2月にロシアで弾いて以来だ。
4月28日(土) 恩師である伊達純先生の一回忌であり、「伊達先生を偲ぶ会」という演奏会を浜離宮朝日ホールで行った。ショパンの3番のソナタなどを弾いたが、恩師の関係者や芸大の先生達等に囲まれて、非常に緊張感のある、特別な思い入れのある演奏会となった。演奏終了後、先生と関係のあった人達でレセプションが行われ、久しぶりに話せた人もあって、懐かしかった。
4月25日(水) 広島に入り、廿日市市という広島市の直ぐ近くでグリーグを演奏。広島市が近いこともあり、オーケストラのメンバーはみんな広島に戻ってしまい、残った僕は、僕が来ることを楽しみにしていてくれたここのホールの方で、今日の演奏会を企画してくれた人達やスタッフとワインの話で盛り上がり、一緒に食事をすることにした。
4月24日(火) 久々の広島交響楽団であり、久しぶりのグリーグのピアノ・コンチェルト。広島でリハーサル終了後、新幹線で1時間半、先日の芝居をもう一度見ることにした。1ヶ月間公演していて、どのように変わっていくか興味があったからだ。
4月23日(月) 前日に、明後日の曲目がチャイコフスキーではなくグリーグだと知らされるも、楽譜がない!
4月22日(日) 早朝、成田へ到着。
4月14日(土) 去年の秋くらいから非常に大変なスケジュールだったので、今日から1週間はパリで完全にヴァカンスを取ろうと思い、休み。パリに着いたその晩は、ルヴィエ先生とフランスの仲間で食事をし、最後は先生の自宅に戻り、演奏会のビデオなどを見たり夜遅くまで楽しんだ。
4月13日(金) 1年前にオール・ベートーヴェンのリサイタルをサントリー・ホールでやって、ベートーヴェンのCDが発売になり、そこから今日の演奏会までを一応、僕のデビュー10周年の時間として色々なことに取り組んできた。この日の演奏会に当たっては、前半はショパンの練習曲全曲、後半は自分の作品という構成になった。紀尾井ホールでは、室内楽では何度か演奏しているが、ソロ・リサイタルで使うのは初めて。今までの経験からみて、東京でも最も素晴らしいリサイタルホールのひとつであろうと期待していた。演奏会終了後、関係者やスタッフとホワイエで打上げを行い、ふだん取材以外では余り話すことのないマスコミ関係の人とも話をすることができた。
4月11日(水) きょうから2日間で、13日の紀尾井ホールのリサイタルの最終仕上げをしなければならない。作曲をしながら練習し、練習しながら作曲し、というのは大変なことで、作曲しているとすぐ指が動かなくなってしまうし、特にショパンのエチュードのような難しい作品の場合は致命傷となりかねない。また逆に、あれもこれも練習しなきゃ、と思っているとまた落ち着いて作曲に取り組むのも難しい。
4月10日(火) カザルス・ホール。幾度となく合わせて練習しても、本番ではそんなに余裕があったようには思わないけども、現代曲のレパートリーもやってみれば結構充実感があったり、いい曲だということを再認識することが多い。もう少し同じ作品を弾く機会が増えるといいと思う。
4月9日(月) 恒例の北九州芸術祭の審査員として北九州響ホールへ向かう。オーディション形式の音楽祭で、そこで更に、新しい才能を発掘した場合に賞を授与するものであって、単に順位を付けることのみがコンクールではない、ということを教えてくれる。九州各地以外にも、全国からも参加者があり、次世代の人達の演奏を聴くのは興味深い。さらにこの芸術祭では、ピアノだけでなく弦楽器や管楽器、歌なども聴くことになっていて、そういった他の楽器の人達の演奏をじっくりと聴くというのも、非常に楽しい。
4月7日(土) 10日のための2度目のリハーサル後、博多へ飛び、水谷八重子さんの率いる新派の芝居「滝の白糸」を博多座で鑑賞。水谷さんの相手役の辰巳さんに誘われたのがきっかけだ。1ヶ月間、ほぼ1日2回、3時間以上のお芝居を午後2回している訳で、その集中力はどこから来るのだろうと思ったのと同時に、音楽会であってもこういう形のやり方も、ひとつ可能性があるのではないかと思った。
4月5日(木) メシアンのカルテットをメインに、バルトークのコントラスツ、ラヴェルのピアノトリオと、これでもかと難しい作品が並ぶ10日の日本フィルのメンバーとの室内楽のリハーサルの初日があった。メシアンは学生時代に少しやったことがあるが、そのときに大変苦労した覚えがある曲。ただその経験が生きたのか、他のメンバーもある程度慣れていたせいか、思ったよりもスムーズに進んだので、ほっと胸をなで下ろす。
3月31日(日) 2日前と同じ曲を、パルテノン多摩で演奏した。この時期には珍しく途中で雪が降り出し、とても寒い1日だった。パルテノン多摩では、ヴァイオリンの矢部君などの仲間がいるジャパン・チェンバー・オーケストラとベートーヴェンのコンチェルトを演奏することになっており、楽しみだ。
3月29日(木) 久々のオーチャードホールでの本番。同じ新日本フィルと一昨年の暮れ、ラフマニノフのピアノ・コンチェルトを演奏して以来だ。コンチェルトを弾くホールの中でも、ここはかなり大きなホールの部類で、会場に座っていてもなかなか音が鮮明に聞こえないことが多いのであるが、この日は楽器の調子も良く、小さな音や速いパッセージもよく聞こえていたようだった。
3月28日(水) ひとつ演奏会が終わると次のリハーサルがそのすぐ翌日にあるという様なパターンが続いていたが、27日はリハーサルが無しになったので、1日休み、きょうは新日本フィルの本拠地であるトリフォニーホールへリハーサルに出かけた。今回の指揮者のクリスチャン・アルミンクは僕とほぼ同い年のオーストリアの若手の指揮者で、共演させていただく指揮者がどちらかというと大先輩の方が多い中、同世代で音楽を創るというのは、とても楽しい経験であった。リストの「死の舞踏」と「ハンガリー幻想曲」という、2つのオーケストラとのための、あまり演奏される機会の多くない作品であるが、そういった作品の中では1番や2番のコンチェルトよりも、「死の舞踏」を僕が演奏したいということで、この曲に決まり、それだけでは短いということで、「ハンガリー幻想曲」を一緒に演奏することになった。「死の舞踏」はかなりシリアスな作品、「ハンガリー幻想曲」はガラ・コンサート等でも使えそうな華やかな作品。
3月26日(月) ドボルザークのピアノ・クインテットをJTホールで、元NHK交響楽団コンサート・マスターの徳永二男さん達と演奏した。珍しく、レッスンを時間通りに終えたルヴィエ先生が聴きに来てくれた。
3月25日(日) 夕方練習をしていると、広島や浜松で教えるために来日中だったジャック・ルヴィエ先生から電話があり、食事をすることにした。半年ぶりくらいの再会であった。来年のデュオの演奏会の計画や、パリの話題などで盛り上がった。
3月18日(日) 5月中旬から大阪で開催される世界卓球選手権のテーマソングをわが六本木男声合唱団で歌うことになり、それの記者発表が行われ、千住明、円地宏作曲の「ネットを越えろ」と団歌を歌った。この日は参加者が若干少なく、他のパートに行ったりしたが、最終的にいつものテノール2のパートを歌った。男声四部合唱の内声は、オーケストラで云えば第2ヴァイオリンやヴィオラに当たる訳で、難しいと同時に結構楽しい。全日本チャンピオンの小山ちれ選手が来ており、卓球台も用意されていて、少し一緒に打たせてもらったのが、この日最も印象深い体験であった。
3月17日(土) 名古屋フィル定期演奏会で伊福部昭のピアノコンチェルトを演奏。この間オーケストラと合わせる練習ができたこともあって、本番では思ったよりも余裕をもって演奏することができた。
3月15日(木) バッハが終わったら、今度は伊福部昭のコンチェルト「リトミカ・オスティナータ」を演奏するために、名古屋へ向かった。こういった作品も、1回しか演奏する機会がないというのが現状で、演奏者としてもせっかく勉強したのだから何度か演奏したいし、そういう機会があれば聴衆にとっても身近なものとなるだろう。いわゆる現代音楽にありがちな難解さはなく、しかし演奏者にとっては必ずしもピアニスティックな技法ではない部分に苦労した。
3月14日(水) 羽田空港経由で函館に向かう。函館はまだ寒い。前からやってきたバッハ・シリーズの最終回ということで、ゴールドベルグ・バリエーションなどを演奏した。数多くあるピアノで弾く作品の中でも最も大変な作品のひとつでもあるが、そんな作品でも一度弾いてしまうと体や指が覚えてくれる作品も多いが、この作品は、ちょっと弾かないとすぐバランスやコントロールを失ってしまう作品である。
3月13日(火) 3週間の休みの最終日、大分の臼杵でフグを食べようと辰巳さんに誘われて、出かけることにした。九州へ行ったすると、時々フグを食べることがあるが、大量に食べるのは生まれて初めてかも知れない。函館で一連のバッハシリーズの最後の演奏会を控えていたため、夜は珍しく早く寝た。
2月20日(火) トッパンホールで平日マチネーの演奏会。新しく、比較的こじんまりしたホールでのこういう企画はとても面白いだろう。平日の昼間じゃ絶対に来れないという人がいる一方で、平日の昼間でなければ来れないという人もいる訳で、面白い試みと云える。久しぶりにラヴェルの「夜のガスパール」を弾いたりと、フランス物で統一された演奏会であったが、僕にとってはフランス物は半分お国物の様な感じで、弾けること自体が楽しい。
2月21日から3月13日までは、もともと仕事を全く入れないようにしておいた。その間で4月の紀尾井ホールで演奏するための作品の準備をしようと思っていたからだ。あとは、それに限らず、バッハ・シリーズの残りがあったり、伊福部昭のピアノ・コンチェルトがあったり、リストのあまり弾かれない管弦楽との作品を演奏したり、メシアンのややこしい室内楽があったりと、とても忙しいので、準備に追われる毎日となったが、それプラス紀尾井ホールのためのショパンの練習曲と、その日に発表しようと思っていた作曲に専念しようと思うも、他のことが多すぎて、頭が混乱するばかり。3週間ほどの休みを取った訳だが、通常普段であればパリに行ってしまうことが多いのだけど、この時は日本にずっといることにした。日本にいることにすると、取材が入ったり、打合せが入ったりと、なんだかんだ、結局は忙しくなってしまう。違いは、演奏会が無いということだけ。NHKの番組にゲスト出演をしたり、という毎日であった。
2月18日(日) 川口リリアホールでの本番。このホールではこの10年間で何回か演奏会をしているし、一番最初のCDとなったショパンのソナタを録った思い出深い会場でもある。帰国して翌日の演奏会ではあるが、このくらい忙しいと時差ボケになっているヒマもなく、上手く乗り越えられれば逆に調子がいいとも云える。演奏会終了後、場所を東京都内に移し、後援会主催で僕の誕生日パーティーを開いていただいた。演奏会場で既に顔見知りの人たちと話ができて楽しかった。
2月17日(土) 成田に朝着いて、午後からは翌日のリハーサルのために川口リリアホールに向かった。日本を発つ前に歌の坂本さんとは既に合わせをしていたし、チェロの長谷川さんとは今までに何度か共演したことがあったので、すんなりと終わった。翌日はそれプラス、自分のソロも演奏しなければいけない。
2月12日(月) フィルハーモニー・リサイタルホールで行われている色々な演奏家による一人の作曲家の作品を取り上げるシリーズとしてのリサイタル。僕としては、リストだけのプログラムで一晩弾くのは初めてだ。リストの作品というのは、今までも演奏会のアクセントやメインプログラムとして演奏してきたことはあったが、一晩となるとプログラミングがまず難しく、力の配分やその中でのストーリーの変化など、どう構成を持たせるかを念頭に置いて準備をしてきた。演奏会場も日本と違って寒く、靴の中にホカロンを入れたりして対処した。
2月10日(土) フィルハーモニーの大ホールはとても綺麗で、音もなかなか素晴らしい。日本でも何度か弾いているベートーヴェエンの5番のコンチェルト「皇帝」を弾き終えた後、アンコールにシューベルトの即興曲を弾いた。
2月9日(金) リハーサルの前に、朝早く、ピアノ選びのためにホールに向かう。ステージに出ている割と新しいスタインウェイ以外に、古そうな楽器が何台かステージの横にあった。まともな状態と云えるのは、ステージにあるその1台だけで、当然これで、という結果になったのだが、実はそのピアノは、別の録音セッションのためにドイツから運んだピアノで、レコード会社に所有権があり、今からどこかに持ち出して調整を頼むということであった。色々な連絡が不行き届きで、横の古い楽器で弾かなければならないのかと思うと、かなり気が滅入った。その比較的新しい楽器がどこかへ持ち出された後、選ぶ間もなく自動的にもう1台の楽器が入ってきた。僕が今まで演奏会で使った中でも、最も重たい鍵盤のピアノであった。
2月8日(木) パリからフランクフルト行きの機内で、ザンクトペテルブルグでは2〜3日前にマイナス30℃を記録したと知らされていた。ザンクトペテルブルグ・フィルハーモニーとは日本で何度かも共演しているので、リハーサルをしていても知っている顔が多く、心強かった。常任指揮者になったばかりのアレクセーエフ氏とは初対面であったが、全て順調。リハーサル後は、同じ建物の中にある練習室にこもって、一人練習を続けた。楽器の古さと状態の悪さは想像通りで、弦が切れて音の出ない鍵盤、上がらない鍵盤等々、日本との違いを大きく感じる。
1月30日(火) いよいよ1回きりのバッハのコンチェルトの本番。諫早では3年連続で毎回違った形で演奏会をやっている。1回目は矢部君とデュオ、2回目はソロ、そして今回がスロヴァキア室内オーケストラとのコンチェルト。室内オケではできる作品が限られているのでバッハのコンチェルトとなったが、なかなか演奏する作品ではなく、実に大変ではあったけれどもその分興味深い体験となった。   
1月26日(金) 午前中からスロヴァキア室内オーケストラとバッハのコンチェルトのリハーサル。バッハのコンチェルトは50年以上前はよくピアノで演奏されていたらしいが、最近ではチェンバロで演奏される機会が多く、ピアニストでも弾いたことのある人は少ないのではないだろうか。今回は、チェンバロ協奏曲の1番とブランデンブルグ協奏曲の5番を演奏する。ブランデンブルグ協奏曲5番は鍵盤楽器のためのコンチェルトとして史上初めて書かれた作品といわれていて、音楽史上でも重要な作品。想像以上に大変だったが貴重な体験だ。リハーサルが終わってホッと一段落した後は、近々渡仏するソムリエの友人の送別会も兼ねて「アリエッタ」というお店に自分のワインを持ち込んだ。ルロワというブルゴーニュでもナンバー・ワンを争う造り手のポマール村のワインを、'98年から順に'97年、'96年、'94年、'92年、'90年、'85年、'70年と楽しみ、その前後にさらにシャンパンや古いワインを開けた。これだけの同じ造り手のワインを順に並べて一度に楽しむという機会はなかなかないので、僕自身も楽しめたし、友人達にも喜んでもらえて良かったと思う。
1月25日(木) 久しぶりにヴァイオリンの矢部君とリサイタル。この日は、ブラームスのヴァイオリン・ソナタを3つ。3曲とも何度か演奏したことがあるが、まとめて演奏するのは初めてだ。ヴァイオリン・ソナタとしては、比較的演奏されることの多い作品かもしれないが、さらにもっともっと多くの人に聴いてもらいたい作品だと思う。
1月24日(水) フランスから来日したブルゴーニュのクロ・ド・タールという特級ワインを造るシルヴァン・ピティオ氏という醸造長と「ワイン王国」という雑誌の執筆のために対談をした。ここのワインは特に'80年代のワインをパリでの学生時代に何度か飲んでいて、そういう話で盛り上がった。詳細は3月発売の「ワイン王国」を見ていただければ。
1月21日(日) 武蔵野市民文化会館でオールバッハのリサイタル。他では2回にわたってバッハのシリーズを行ったが、ここでは1,5回分を一回の演奏会にまとめた。僕の生まれ故郷の三鷹市近くの懐かしい場所で、このホールの音響の良さが僕のバッハの後押しをしてくれたように思う。
1月19日(金) 午後、僕の所属するジャパン・アーツの新年会に参加。久しぶりに会うアーティストやマスコミ関係の人達と楽しいひとときを過ごす。その後、そそくさと郡山であるコンサートに向かう。
1月18日(木) ベートーヴェン12会のCDが文化庁主催芸術祭賞優秀賞をいただいたのでその授賞式に参加した。賞自体はレコード会社のソニーが受賞するという形だが、大変だったベートーヴェン・シリーズが評価されるのは嬉しい。その後、急いで横浜の演奏会に向かった。
1月17日(水) 俳優の辰巳さんの生まれ年の昭和33年の人達が集まって結成されている「燦々会(33会)」のゲストに呼ばれた。ピアノを弾いたり、何人かの知り合いのメンバーと久しぶりに会ったりと楽しいイベントだった。この中から近い将来、日本を動かす人がきっと出てくるのだろう。
1月14日(日) 以前も演奏会で行ったことのある仙台の南の白石市へ「六本木男声合唱団」の本番に出かけた。東京を離れて地方公演に出かけるのは、この合唱団始まって以来のことらしい。ちなみに我が合唱団にはここのホールのプログラミングに携わっている作曲家の三枝さんやホールを建築した堀池さんらもメンバーとして名を連ねている。
1月13日(土) 東京で初めてラヴェルト長調のコンチェルトを弾く。それも今日はダブル・ヘッダーだ。この曲は子供の頃からとても好きだっただけにとても思い入れのある曲なのだが、そのプレッシャーがどういう形で演奏に出ただろう。もっと数多く弾きたいのだが、なかなか弾く機会がないのが残念だ。
1月12日(金) 岡谷カノラホールは、去年矢部君と演奏会に行ってから一年も経っていない。何度も同じホールに呼んでもらえるということは、知っているお客様もきっと多くいらしているのだろうと思うのでとても心強い。チェロの堤剛さんとブラームスのチェロ・ソナタを演奏したり、ヴァイオリンの渡辺玲子さんを交えてベートーヴェンの大公トリオを演奏したりと、非常に質の高い演奏になったと思う。その晩は翌日の演奏会に備え、深夜車を走らせ東京に戻る。
1月7日(日) フィリアホールで数年間続けてたベートーヴェンのコンチェルト・シリーズで共演した慶應ワグネル・オーケストラの創立100周年の記念式典のパーティーに出かけた。大学の前はよく通るのだが、初めて慶應義塾大学キャンパスの中に入った。結構年輩の方が多かったが、そういう方達がまるで学生時代に戻ったかのような感じのお祭り騒ぎだった。
1月6日(土) 初リサイタルは金沢で。バッハのゴールドベルク・バリエーションなど非常にハードなプログラムだったが、偶然ロケの仕事で金沢に来ていた辰巳さんや地元の大物陶芸家の大樋さんが聴きに来てくれたので嬉しかった。もちろん演奏会後は夜更けまで楽しいワイン会となった。
1月3日(水) 久しぶりに名古屋でのコンサートが21世紀最初の演奏会だ。曲はリストのピアノ・コンチェルト1番。気がついてみたら、テレビの収録が入っていてそのプレッシャーが良い方向に作用したかどうかは、放映をご覧になった方が知っていることでしょう。