Yukio's Dairy Part1 (仮題)
2000.9〜2000.12

Part1 Part2

12月31日(日) 20世紀最後の大晦日は小・中学校時代を過ごした横浜で、横浜にゆかりのある演奏家によるみなとみらい大ホールでのジルヴェスター・コンサートに出演した。オープニングにはサンサーンスのオルガン・シンフォニーのピアノパートを指揮者の外山雄三先生とオーケストラの中で連弾したり、年明けしてからはステージでハッピー・バースディーを歌ったりと楽しいイベントだったが、何といってもカウント・ダウン直前の今世紀最後の演奏となるラフマニノフのピアノ・コンチェルト2番の1楽章の演奏が、ちゃんと今世紀中に弾き終えられるかどうかが気が気でなかったが、無事演奏することができ、予定通り2分後にカウント・ダウンと相成った。
12月28日(木) 何人かの知り合いに声をかけられ、新しい文化会議を創ろうという準備会に参加した。飲み仲間や合唱団で見かける人も何人かいたが、この時ばかりはよく知っているリラックスした表情ではなく、真剣な面持ちで議論がなされていたので、驚いたのと同時に意外な印象を受けたが、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
12月24日(日) 朝5時過ぎに起きてサントリーホールでのクリスマス・ガラ・コンサートのために、昨夜降った雪が残った八ヶ岳を後にする。途中タイヤのチェーンがはずれないハプニングのためにJAFを呼ぶ騒ぎになったが、演奏会には間に合ったのでホッとした。この日の晩はソニーの元会長故盛田氏の夫人の招待で、銀座マキシムにて盛大なパーティーに参加した。食事も最後の方になると、綿で見立てた雪で雪合戦のような騒ぎで店中が大荒れで大変だった。この日もまた十数人いた合唱団のメンバーで最後は大声を張り上げての大合唱、楽しい晩餐だった。
12月23日(土) 3年ぶりに八ヶ岳高原音楽堂でクリスマスにちなんでのオール・バッハ・プログラムでリサイタル。演奏途中から雪が降り始め、素晴らしい会場の雰囲気と相まってクリスマスの素敵なプレ・イベントとなったことだろう。(演奏者はとても大変だったが…。)
12月20日(水) 横浜インターコンチネンタルホテルでいよいよ合唱団の本番だ。「うた」というのはピアノと違って正面を向いて歌い続けなければならないので、ピアニストとしてステージに上がるときとはかなり違う心境。いずれにしても楽しんでできるところが良いし、大勢で何かひとつのものを作り上げるという行程も楽しい。この日は10何台もテレビカメラが入っての賑やかなショーとなったので、その様子をテレビでご覧になった方も多いことだろう。
12月18日(月)
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12月19日(火)
20日に本番を迎える「六本木男声合唱団」のリハーサルに参加する。元首相や俳優、作家、建築家など各界の大物達が、この時ばかりはまるで学生時代のクラブ活動のように熱心に楽しみながら、忙しい合間を縫ってリハーサルを懸命にしている姿が新鮮だ。
12月17日(日) 今年初めて審査員をした毎日新聞社の学生コンクールの最後の仕上げというべき全国大会優勝者によるコンサートを聴きに福岡に出かける。先月僕もリサイタルに使ったばかりのアクロス福岡大ホールで、緊張気味の学生達の演奏が初々しかった。
12月12日(火) 帰国後は札幌でリサイタル。バッハ、ショパン、リストとかなり欲張ったプログラムで演奏した。今回はパリがとても暖かかったので、札幌の寒さが身にしみる。北海道では数年前に毎年この時期にリサイタルをやっていたので雪道には慣れているが、札幌は久しぶりの演奏会なので嬉しかった。
12月5日(火) 伊丹空港からパリへ。6泊ほどの短い旅ではあるが、日中は練習をして夜は友人達と食事をして、という予定だ。オンとオフを使い分けて、短い滞在期間にやるべき事は全てやらなければと思う。
12月4日(月) 宝塚でバッハシリーズ2回目だ。シリーズ2回目はここ宝塚ベガホールが初日。ゴールドベルク・バリエーションは5年ぶりに人前で弾く。5年も弾いていないともう初めて弾くのも同然だし、それでなくてもバッハの作品は、一日弾かなくても弾けなくなるような気がする。ショパンとかであれば一度本番にかければかなり覚えているのだが、バッハはそういうわけにはいかず指がなかなか覚えてくれない。僕の中では今年一番大変で苦労した演奏会であった。
12月2日(土) 富士ロゼシアターにてワインパーティーつきのリサイタル。新幹線の新富士駅を寝ぼけ眼で降りると、富士山の上3分の1が冬の晴れた空に浮かび上がっていた。バッハの作品は何を弾いても大変だが、イギリス組曲の3番を6年ぶりに演奏した。アットホームな雰囲気のパーティーつきの演奏会は、お客様との距離も近づくし、双方にとって良い企画なのではないかと思う。この晩、神戸まで移動して西宮のオステリアエノテカというお気に入りのレストランへ行った。1年ぶり以上だったかもしれないが、今年のベストといってもいい食事だった気がする。東京の人気店や有名店とはまた違う落ち着いた雰囲気の中で、熟練はしていても新鮮さは失わない素晴らしい料理。このお店はワインのリストも素晴らしく、食事とともに美味しくいただいた。
11月29日(水) 初めてリストのコンチェルト1番の本番を鹿児島で行う。結構ピアノが古く大丈夫かと多くの人が心配してくれたが、40年近く経っているわりには良い音が出ていたので安心した。幸いというか自分の演奏した直後から夜中まで、知り合いの先生のお宅で、次なる関門バッハの練習に取り組むことができたのでよかった。こういうふうに時間を有効に使えると、能率も良く集中できるので助かる。
11月28日(火) ホテル・オークラでモービル音楽賞の授賞式があった。ベテランの方達と並び緊張する中、慣れないスピーチをした。記念演奏は、ホテルのピアノが鳴らずどうなることかと思ったが、鳴らない楽器に汗だくになりながらもショパンのワルツ1番と英雄ポロネーズを弾いた。ふだんのお客様の反応も嬉しいが、こうして賞を貰えると、自分のやってきたことを評価してくれる人がいるんだと心強く、これからも頑張らなくてはという励みになる。
11月24日(金) 久々に福岡でリサイタル。博多には友人が多く近辺の演奏会の前後に立ち寄ることが多いが、リサイタルで行くのは久しぶり。それもアクロスシンフォニーホールという東京ではサントリーホールに匹敵するような大ホールで、オールベートーヴェンのプログラムだ。東京サントリーホール、大阪いずみホールに続いての大都市でのベートーヴェン・リサイタルはどれもお客様に喜んでいただけたので、僕にとっても充実した演奏会となった。
11月22日(火) 今日は朝からリハーサル。それも今まで一度も弾いたことのないリストのコンチェルト1番、小林研一郎指揮のハンガリー国立交響楽団との共演だ。この曲は、今まで特に好きな曲ではなかったので何となく弾かないで過ごしてきたが、リスト賞を貰ったおかげでリストのオファーが多く、今回と来年早々1月3日に名古屋で弾くことが決まっている。最近では初めて弾くコンチェルトというのは少なくなってきて、もうすでに何度か演奏している曲を弾くことが多い。そのため初めての曲というのは、いくら練習しても仕上がっているのか仕上がっていないのかがわからず、大きなプレッシャーとなった。けれどリハーサルに行ってみたら、1回通しただけなので20分であっという間に終わってしまった。夕方からは『六本木男性合唱団』の練習に初めて参加した。知る人ぞ知るかなりおもしろいメンバーの合唱団で、作曲家の三枝さんや俳優の辰巳さんに誘われたのと、他にも何人か知り合いがいたりするので入団することにした。こちらは12月20日にクリスマス・ディナー・ショーとして、横浜のインターコンチネンタルホテルで披露する。(本業のピアノではなく合唱団の一員になったので歌いました!が、歌っただけではなかったことは、もしかしたら皆さんもテレビでご覧になったのでは?(笑)
11月19日(日) 毎日新聞社の学生音楽コンクール全国大会の審査で午後から紀尾井ホールへ。普段はあまり座ることのない客席で、人の演奏を聴くというのは変な感じだ。それも自分自身がよく演奏する紀尾井ホールのようなところで…。それぞれ個性の違った演奏もおもしろかったが、やはり点数だけで決まってしまうというのが味気ない気がしないでもない。でもそれ以外に選ぶ方法はないので、仕方ないのかもしれないけれど。自分がコンクールを受けたときのことを思い起こすと、例えば1位を貰った時は、審査員全員が1位と思ってくれたのだと解釈していたし、頂く賞状にも審査員全員のサインが入っていて、何となくそんな気がしていたのだけど、今回の僕の審査を考えても、1位になった人に必ずしも一番高得点をつけたわけでもなく、たまたま合計点の高かった人が1位になるわけで、審査員のメンバーが違ったり人数の変更があったりすれば、結果も変わってくるだろう。この全国大会の審査の場合は、1位しか発表されないので少し気の毒な気がした。が、将来演奏家として生き残っていくためには、そういうことを通り越して、多くの人に強烈なインパクトを与えることができなければならない、というのもまた事実。
11月18日(土) 後援会の主催による公開レッスンを、今日と一週間後の25日との2回で行うことになった。ステージで演奏しているだけでは、音楽を勉強している学生を含め聴衆となかなかコミュニケーションをとることができないので、僕にとっても楽しむことのできる機会だ。教えるという点では、その生徒が何を勉強したいのか明確な意図を持っている場合や根本から勉強したいと思っている時は、こちらも指導しやすいが、それに対して、ただ漠然と聴いて欲しいという生徒に対して意見を言うのはなかなか難しい。短い限られた時間の中で、何を言ったら一番その人にとってためになるかを考えることが、僕自身の勉強にもなる。それに公開という形式上、聴講の人にもある程度わかりやすくないといけないのでその点も神経を遣うが、こうした企画を時々行うのは、いろいろな意味でおもしろいと思う。
11月15日(水) 高崎でリサイタル。前日のオール・バッハに続いての今日は、バッハにベートーヴェン、ショパン、リストという様々な作曲家の作品があるプログラムだ。連日の本番と移動、そしてプログラムも全く違うので大変ではあったが、聴いてくれたお客さんに喜んでもらえたようなのでよかった。明日は友人達とテニスをする予定。どんなに疲れていても、スポーツのための早起きは苦にならないから不思議だ。
11月14日(火) 日本に帰ってきて2日目のこの日、宝塚にあるベガホールでバッハシリーズ1回目のリサイタル。同じプログラムはすでに函館で弾いているが、特にこれから先のスケジュールはいろいろな曲を演奏しなくてはならない。そんな中でのバッハを準備がとても大変。
11月10日(金) 何人かの知り合いとともに、シャンパーニュ地方のランスにあるボワイエという3つ星レストランに出かけることになった。ここのスペシャリテ、トリュフにはちょっと季節が早いけれど、トリュフのコースを作っていただいた。楽しい一晩だったが、その中でももうこの世にたぶん数本しか残っていないであろう、サロンというシャンパーニュの1959年を飲むことができて、貴重で幸せな一晩となった。
11月4日(土) 夜、成田空港を発って久しぶりのパリへ。一週間の滞在だが練習しなくてはならない曲が山積みなので大変だ。パリ滞在中は、久しぶりに会う友人と夕食をともにするために出かけるぐらいで、日中は家に閉じこもってひたすら練習。今回のように何日間も他に予定がなく、練習に専念するのは久しぶりのことだ。
10月30日(月)

11月1日(水)
9月、10月とビッシリとつまったスケジュールを何とか2日間空けて、友人が新しくオープンした店を訪ねるために香港へ行ってきた。慌ただしくそれほど休養にはならなかったけれど、美味しい中華料理とワインを堪能し、香港の活力溢れる街からはエネルギーをもらった、そんな気がする。 
10月28日(土) 毎日新聞社主催・学生音楽コンクール九州大会本選の審査をするため福岡へ。予選とは違って、もう先生の力だけではどうにもならない、本人達の本当の力量と勉強の成果を聴くことになる。果たしてこの中から将来のピアニストは出てくるのであろうか。
10月26日(木) ウィーン・フィルのコンサートマスターのヴェルナー・ヒンクと首席チェロ奏者のフリッツ・ドレシャルとピアノ・トリオの演奏会をした。彼らとも時々演奏会をしているが、その中でもかくれた名作、シューベルトのピアノ・トリオ2番は何度も演奏している曲。この曲は他の人達とも何度か演奏しているが、彼らと演奏しているときが最もウィーンの香りが漂う気がする。ほぼ同世代のダニエル・ゲーデとはまた違って、年輩の彼らから受ける刺激は新鮮でもあり、いろいろな意味でいい経験になる。
10月23日(月) 函館で演奏会。今年から来年にかけて各地で何度か行うバッハ・シリーズの初日。バッハの作品は、ショパンなどと違ってピアノが完成する以前の音楽だ。だから、西洋音楽の原点でありながらも、ピアニストの指に必ずしもスッキリとなじむものばかりではない。僕も他の作品を弾くよりも相当たくさんの練習をした。そういえば、矢部君もバッハの作品には苦労していたっけ…。函館にはショパンコンクール直後(10年近く前)から何度か行っているが、一番最初に演奏をしたホールが今回の金森ホール。昔の藏を改造した独特の雰囲気のホールで無事、バッハ・シリーズ一回目を終えることができた。
10月13日(金) 今日から何と4日連続で矢部君との演奏会だ。東京、広島、宮崎、石川とかなりハードなスケジュールだが、彼との演奏はいつやっても楽しい。当然のことだが、デュオはソロと違って相手がある。こんなふうに弾いてくれたらなぁという想いが、彼となら互いに口に出さずとも伝わる。きっとそれは、やりたい音楽の方向が一緒だからなのだろう。聴き逃した人は次回をお楽しみに。
10月10日(火) ワイン雑誌「ワイン王国」の取材で、東京屈指のフレンチレストラン「タイユヴァン・ロビュション」でワインのテイスティングを兼ねた食事会をした。時々食事をしたりのお付き合いをしている辰巳琢郎さんに誘われて、この雑誌には2度目の登場になる。フランスはブルゴーニュに代表されるピノ・ノワールのテイスティングで、僕の自宅のワインも開けたりと、様々なワインを楽しめておもしろかった。詳しい内容については、次号(たぶん12月発売号)の「ワイン王国」をご覧いただければ…。
10月8日(日) 長崎公会堂でチェコのヤナーチェク・フィルとショパンのコンチェルトの1番と2番を弾く。前日は栃木県日光でのゲーデ・トリオとの演奏会だったので、当日の朝早く長崎に入り、オケとは一度ザッと通すリハーサルだけで本番を迎えることになる。リハーサル後、後援会のHPを管理してくれている高本さんと会うことができた。本番前の限られた時間ではあったが、有意義だったことは言うまでもない。だからこそ、この新コーナーの開設に至ったのだから…。演奏会の方は僕自身の思い入れの深い、けれど1番と違ってなかなか演奏する機会が少ない2番のコンチェルトを、9月27日の都響との東京公演に続き、ここ長崎でも弾くことができたので気分がいい。
10月2日(月) 久しぶりにウィーン・フィルのコンサートマスター、ダニエル・ゲーデ率いるゲーデ・トリオと一緒に神戸朝日ホールで演奏会。同世代の仲間との室内楽はヴァイオリンの矢部君ともよくやるが、ウィーンやベルリンをはじめ世界各地で活躍している彼らとの共演も、また互いに良い刺激を受けることが多く『音楽』を楽しめるひとときだ。
9月23日(土) 岡山でマチネーの演奏会ということで朝早く羽田空港に駆けつけたが、飛行機のトラブルで2時間、いや3時間近くのロスをしてようやく飛び立つことになった。もともとリハーサルギリギリに入る予定だったこともあり、飛行機が空港に到着したときにはすでに開場時間を過ぎていて、会場に辿り着いたのは開演時間を15分ほど過ぎた頃…。そのままリハーサルなしのぶっつけ本番で臨んだ。生まれて初めてのリハーサルなしの演奏会ではあったが、岡山県立美術館内にあるアットホームな雰囲気のホールのせいもあり、比較的落ち着いて演奏できたのでホッとする。
9月20日(水) 指揮者の山下一史さんに誘われて、銀座の「エノテカ・ピンキオーリ」という日本でも屈指のイタリアンレストランで、ワイン会&食事会に参加。この日は今世紀トップクラスの当たり年1990年(僕がショパンコンクールに入賞した年)と1988年のブルゴーニュなど、素晴らしいワインのテイスティングを兼ねたものだった。数多くの種類を飲んだのでその違いは楽しめたけれど、本来ならば一本一本をじっくり味わって飲むべきものなのだろう。何はともあれ興味深く、そして楽しい晩餐であった。
9月15日(金) 福岡に入る。僕も中学2年の時に賞を頂いた「毎日新聞社主催・学生音楽コンクール」の予選審査を今日から3日間行う。3日間通して聴いてみて感じたことは、小学生のレベルが高いということ。小学生の演奏は、先生の教えたことが素直に守れて演奏できた人が、並べて聴くと良い演奏に感じるという気がする。中学生になると曲も難しくなり、先生の作りものではすまされない。結果、全体の質としては落ちたような印象を受けてしまう。その辺が音楽教育の難しさか?
9月14日(木) 釧路から羽田経由で大阪空港へ飛び、大阪いずみホールでオール・ベートーヴェンのリサイタル。
毎日違う場所へ移動するのは、体調のコントロールが難しい。
移動中はなるべく休むようにして夜の演奏会に備える。
久々の大阪でのリサイタル、自分でも相当気合いが入った充実した演奏会になったと思う。
9月13日(水) この日は釧路で演奏会。まだ9月の中旬だというのに北海道はもう寒い。作曲家の三枝成彰さんのトークを交えてのリサイタルをする。印象深かったのは、演奏会もさることながら、今、旬真っ盛りのサンマの塩焼きが実に旨かったことだ。
9月3日(日) 夏休みも終わり、9月に入って初めての演奏会。銀座に出来た「橙家」というお洒落なレストラン
で食事付きの演奏会だ。きっと今までに演奏会などはやったことがないのだろう、多少混乱してドタバタとしていたが、僕としては忙しいシーズンがこれから始まるんだという気が引き締まる思いで演奏した。久しぶりの東京でのコンサート、見知った多くのファンの人達に会えて嬉しかった。